ふくみみdiary

   余生を一緒に楽しく

夢で会えたらうれしいのに

昨日は寒かったぁ、一日中霧雨が降っている上に風もあって体が冷えました。

そんな日だったけれど、予定していたので姪と一緒にお墓参りに行ってきました。寒い日だったせいか電車も混雑はなく行きも帰りも座ることが出来て楽でした。

駅近だし手ぶらで行ってお花もお線香もお寺で調達できるので、本当に気楽に行けます。掃除も行き届いているので、いつも気持ちよくお参りができます。

両親を永代供養墓にお願いしています。今日もたくさんのお花が供えられていたので、お参りの方も途切れることがないのでしょう。これならお墓の中の父母も寂しくないだろうと思いました。

母が亡くなってから13年が経ちました。そんなに経ったなんて信じられません、あっという間でした。今でも昨日の事のようです。
ということは父が亡くなってから15年も経っているということです。 

父の遺骨はしばらくの間、市の霊堂にお願いしていました。残念ながらとても行きにくい場所、車でしか行けないような場所だったので、車のない私はお参りにもなかなか行けずに落ち着きませんでした。

ロッカーに納骨されますが、お参りの時にそのロッカーの前までは行けません。大きな仏壇があってそこでお参りする形でした。配慮が行き届いていましたので、安い管理費のことを考えると素晴らしい霊堂でした。

でも・・気持ちの問題ですが、殺風景な所にあってとても古い建物だったので父が寂しいだろうと思ったし、私もなんとなく申し訳ない気持ちでした。

私も頭の中では死んでしまったら何もわからないのだろうな、感じないんだろうなと思いながらも、やはり生きている時と同じように心配にもなるし、心を尽くしたいと思ってしまいます。いや、生きていた時以上にそう思うような気もします。

今の永代供養墓に決めるまでに、いろいろ考え、あちこち見学もしてかなりの時間を使いました。大変でしたが、結果的にとても満足できる場所、形でお願いできたので苦労し甲斐がありました。

自分も入りたいと思わせてくれたお墓でほぼ一目惚れ。毎朝、この永代供養墓にもご住職がお経をあげてくださるという事ですので、安心して父母をお願いしました。

父も母も亡くなってずいぶん経ちます。亡くなった人のことは声から忘れると聞きましたが、まだ声を覚えています。でも夢には出てきてくれない。夢でも会えればうれしいなと思うのですが・・。

でもこちらに愛情があればあるほど故人は夢に出てきてくれないそうです。夢に出てさらに悲しませることの無いようにという亡くなった人の思いがそうさせるようです。そんな事ないのに。

でも急に夢に見たりしたら、なんだろう?と気になるのかもしれないです。 

あるいは夢に出るには霊?にかなりのパワーが必要になるという話も聞いたことがあります。本当にそうなら申し訳ない。

時々こういう思いをずっと引きずっていていいのかなと思ったりもします。でも忘れることなんてできないですものね。私は死ぬまでずっとこうなんだろうと思ってます。

私の思うことがあの世に届いているかわからないけれど「私は元気にしてます。お父さん、お母さんも毎日楽しく過ごしてね」と祈るだけですね。

きっと、これでいいです。


最後まで読んでくださってありがとうございます。
夢で会えたらいいなぁ。
では、また。