今回は傑作揃い、どれもとても面白かったです。
以下ネタバレあります。
【161】世界でいちばん透き通った物語 杉井光
最後にスッキリ出来たし、内容も面白かったし驚きの上等な仕掛けにも脱帽です。たくさんの人にこの衝撃を味わってほしい。
『燈真はシングルマザーとして校正の仕事をしながら育ててくれた母を亡くし、バイトをしながら暮らしていた。
一度もあったことがない父親は有名なミステリー作家の宮内彰吾。その宮内の死をきっかけに燈真は父の遺稿である〈世界でいちばん透きとおった物語〉を探すことになる。
わかっているのは題名だけ。父と関係のあった女性達や編集者に話を聞く中で、燈真は少しずつ父を知っていく』
自由奔放に生きた作家の宮内には多くの愛人がいて、燈真の母もその一人でした。
宮内が亡くなると嫡男が現れるので遺産問題などドロドロ愛憎劇に発展するのかと思いましたがそうではなく、単純に遺稿探しで物語は展開します。
物語はゆっくりと進み矛盾も感じることなくわかりやすかったです。最後は父である宮内の燈真への愛情も感じることが出来て良かった。
なにか事件が起こるわけでもないのでミステリーと言えるかどうか・・それでも存在するのかどうかもわからない遺稿を探す過程は充分にミステリーでした。
遺稿の内容の謎もあり面白かったです。
でも、この小説の狙いはストーリーではなく驚きの仕掛けに在りました。私は最後になるまでこの仕掛けに気づかなかった。
「透きとおった」という意味が理解出来てから、まさか?!と思い数ページを・・・唖然。
更にまさか?!と思いながら最初から確認・・ため息でした。しばらく呆然としちゃいました。
著者の気の遠くなるような作業、計算、努力、忍耐を思うと言葉もないし、感服しました。
こんな衝撃初めて。
【162】この夏の星を見る 辻村深月
『茨城県の高校生・亜紗は尊敬する綿引先生率いる天文部に所属している。コロナ禍で学校は休校、天文部の合宿も中止になり落ち込んでいた。
渋谷区の中学生・真宙(まひろ)は学校などコロナでずっと休みのままだといいと思っている。同級生に理科部に誘われるが気乗りがしない。しかしあこがれの先輩が高校では物理部で宇宙線の観測をしていることを知り理科にも興味が湧いてくる。
長崎五島列島の旅館の娘で高校生の円華は、コロナ禍でも旅館が他県からの宿泊客を受け入れていることを理由に親友から距離をおかれ、周りの心無い言葉も耳にして辛かった。そんな中、同級生から天文台に誘われて・・。
コロナ禍で全ての人がままならない思いを抱えている中、コロナ禍ならではのオンラインでの出会いが多くの人を繋いていく。それは今しかない青春、そして宝となる』
物語の面白さもさることながら、登場人物や背景がとても丁寧に描かれているので、小説を読んでいるという感じではなく、その場に一緒にいるような感覚でした。
天文学への興味も膨らみましたし、コロナって悪いばかりじゃないという言葉が印象的でした。本当にそう思っている人がたくさんいればいいなと思います。
登場する子どもたちが皆いい子で、悩みや葛藤もある中でそれでもまっすぐに好きなことへ向かっている姿が輝いていたし、爽やかでした。
ほんのりとロマンスも描かれていて、初々しくロマンチックで若いっていいなぁと思いました。
コロナ禍を題材にした作品はいくつか読みましたが、この作品はポジティブで力強い、そして若さがキラキラしていました。

【163】音のない理髪店 一色さゆり
『五森つばめは作家デビューしたものの3年経っても二作目が書けずに焦りを感じていた。そんな時ある編集者からアドバイスをもらい、日本で最初のろう理容師だった祖父・正一の半生を書くことを決意する。
つばめは耳の聞こえない両親に育てられた自分の父親、聞こえない人と聞こえる人の架け橋となる活動をしている青馬に取材する。そして通い始めた手話教室でろう者への理解を更に深めようとしていた。
しかし取材を進めると今まで知らなかったことの多さに打ちのめされ、祖父のことを題材にどう書けばいいのか、書いていいのか?と思い悩む』
単純に心温まるお話と思っていたら、予想外にとても深く重い内容でした。
障害者に対する偏見や差別、その歴史も描かれていて、私も知らないことがたくさんありました。知って怒りも湧きました。
つばめの祖父・正一は子供の頃に耳が聞こえなくなり、ろう学校の理髪科に学び苦難の末に自分の店を持ちました。同じく耳の聞こえない喜光子と結婚し、聴こえる二人の子供・暁子(つばめの伯母)と海太(つばめの父親)を育てます。
聞こえない側と聞こえる側、それぞれの思いや葛藤、孤独などが丁寧に描かれています。つばめも含めてそれぞれがお互いに向き合い、心を通わせ理解しあう家族の物語でもありました。
読んでいて登場人物の複雑な感情が押し寄せてきては、その感情に揺さぶられて涙が出ました。
正一が繋げたかった信念はつばめがしっかりと文字に残して多くの人に届きました。そう思うと家族だけではない壮大な物語です。
差別はなくそうと言っている限りは差別があるわけで、いつか差別という言葉が死語になればいいな。
最後の一切垣根のない阿波おどりの場面はとても印象的でした。阿波おどりってそういう素晴らしさもあるのだと初めて知りました。
著者がミステリー作家だからか、祖父のことを知るための取材は、まるで真相を追求するような展開でドキドキしました。次から次へと謎もあったし、面白く一気に読みました。
そしてラストの爆弾のような事実。思わず「え?!」と声を出してました。
でもこれで青馬の距離の取り方が腑に落ちました。私の誤解かも知れないけれど、なんでもっと彼女に踏み込んでいかないのかなって思っていたので。
最後は余韻も残る素敵なラストでした。辛い内容も多いのですが、読後感は清々しくキレイな色の未来が見えるようでした。
読んで良かったです。
【164】ようこそ、ヒュナム洞書店へ ファン・ボルム
『会社を辞めヒュナム洞の住宅街にカフェも兼ねたヒュナム洞書店をオープンさせたヨンジュ。
心が回復した彼女は店を書店らしくすることに力を注ぎ、SNSも使って多くに人に知ってもらう工夫をする。すると次第に遠くからも客がやってくるようになり本屋とカフェで毎日てんてこ舞いに。
ヨンジュはバリスタとしてミンジュンという青年を雇う。彼は就活に疲れてもう振り回されたくないとニート生活をしていた。しかしヒュナム洞書店で働くうちにミンジュンに新しい世界が広がる。
無気力な息子の将来を案じる母親、正社員になれないことに憤りを感じる女性、夫にうんざりしているコーヒー焙煎士、様々な悩みや葛藤を抱える人々がヒュナム洞書店にやってきては凝り固まった心を溶かしていく』
とても心が癒やされ、心が豊かになる素晴らしい作品でした。
生きることに疲れてしまった人やこのままでいいのかなぁと悩んでいる人に是非読んでもらいたいです。
ストーリーとしてはヒュナム洞書店が書店として根を下ろす、いわば成功物語です。華々しくクライマックスに向かうのではなく静かに展開していき、独特の世界観を作っています。
一つの物語ではありますが、短いエピソードで繋げられていて読みやすかったです。登場人物一人ひとりに共感できましたし、皆を応援したくなりました。
韓国の小説はやはり日本の小説とはなんとなく風合いが違います。そこがとても心地よく楽しく読みました。
小説として一つの物語を描いていますが、啓発本のようでもあり、心理学のような色合いも持っていると思います。
人が抱えている憂鬱や悩み、無気力、複雑な思いをきちんと言語化し、原因がどこにあるのか客観的にみて、正しい方向に導く、そんな心の整え方を教えてくれる内容でもありました。
自分の悩みを言語化する作業は心を癒やし前を向く力に繋がるのかも知れないと学びました。
心に響く、心に染み込む言葉や文章がいたるところにあり、それらに癒やされ力をもらいました。いつまでも張り付いている辛い過去の記憶も噛み砕かれてすっかり飲み込める、そんな感じに。
本当にこんな書店があったら嬉しい。そしてこういう人たちが傍にいてくれたら・・。
物語の中に時々実際の書籍や韓国ドラマ、映画が出てくるのも面白いなと思いました。
ヒュナム洞の街やヒュナム洞書店、そしてそこに集う人々がありありと目に浮かび、まさにドラマを見ているような感覚でもありました。
最後まで読んでくださってありがとうございます。