ある通販雑誌の付録としてカタカナ語辞典というものが折込みで入っていました。
開いて見てみると「え!そういう意味だったの?」なんて言葉も。
今やカタカナ語は本当に多いですね。意味がわからないまま聞き流して終わりってことも多く、そういうときは話が頭には入ってきません。
なぜ日本語を使わないのかと思うこともありますが、もはや変に日本語を当てはめると余計わかりづらくなったり意味がずれてしまう事もあるのでは。
以前は何カッコつけてカタカナ語を使うのかと批判する気持ちもありましたが、よく使う言葉として浸透してくるとそのほうがわかりやすかったりする言葉もあります。
言葉も進化することを思うと、こういう変化は当たり前なのかもしれません。
でも、意味が本当にわかっているのかというと私の場合そうでもない。イメージのような感じで理解し、だいたいこんな意味といい加減にわかったつもりの言葉が多いです。
例えば・・
- インフルエンサー=世間に大きな影響を与える人
- エビデンス=証拠、根拠、証明
- サブスクリプション=一定期間、定額料金でサービスや商品を提供する契約
- マイノリティ=少数、少数派
- メソッド=目的を達成するために確立された方法や方式
- ワークショップ=グループ学習、研究集会、体験学習型講習会
たとえば時々「ワークショップ開催のご案内」なんて張り紙を見ますが、何かの集まりくらいの漠然とした理解でした。
先日、microSDカードの使い方を勉強した時出てきた言葉「ストレージ」。パソコンのデータを長期間保管しておくための場所(補助記憶装置)だそうです。こういうIT用語に関してはわからない言葉がたくさんあり過ぎてお手上げです。
こういうカタカナ語がたくさん入っている文章は理解したつもりになっているけれど、本当は怪しい。
わからない言葉が出てきたら、すぐに調べるべきなのでしょうね。今は検索すればすぐに教えてくれますから。英語に堪能な人は全く困らないのかなぁ。
私としては日本語で問題なく表現できるならそうして欲しいと思っています。特にニュースやお知らせなどでは。
ただどうしてもぴったりした日本語が無いとかほんの少し意味合いが違うなどという場合はカタカナ語を使うのも仕方ないのは理解できます。ただ乱用は避けて欲しいです。
私もカタカナ語は絶対反対というわけではないし、自分でも使うことがあります。「面倒な関係をリセットしたい」「ストレスでメンタルぼろぼろ」とか。
認知率が高いカタカナ語であれば、文章や話に入れてもわかりにくいとは思いません。
そう考えると私にとって今は?のカタカナ語もいつしか認知率が上がって、当たり前に使うようになるのかも。
この先もカタカナ語は増えて行く思います。そのうちニュースを聞いても意味がちんぷんかんぷんなんてことにならないか不安です。
全ての人に思いやりのある表現にして欲しいところです。
歳のせいかこういう問題も追いつくのがやっとになってきました(笑)。